民主党の衆議院議員を3期9年間務めたものの、小泉郵政選挙で落選。その後、政界から足を洗い、一転してソフトバンク社長室長に就任した嶋聡さんが癌のため亡くなりました。国会議員経験者が、大企業の政官界むけのロビイストになる初めてのケースでした。一身にして二生を得るような人生だったでしょう。
嶋さんが社長室長在任中は、まだベンチャー企業の尾を引き「暴れん坊」だったソフトバンクが、次第に大人の会社になっていく時期でした。光ファイバー網を張り巡らす「光の道」構想や太陽光発電など再生エネルギーの導入、さらには米通信大手スプリントの買収といった激動の時代で、取材していて非常に楽しかったです。後に立憲民主党の衆議院議員になる荒井優さんや、東京都庁やベンチャーキャピタルで活躍する加藤幹也さんら社長室の部下たちもユニークな人材ばかりで、ご紹介いただいて感謝です。
昨年、久しぶりにお電話を頂いた際に、「僕はもう長くない。癌の闘病記を書かないか」と依頼されました。孫さんの助言があって、ソフトバンクグループが出資する医療ベンチャーのコンサルティングを活用して闘病するということでしたが、いざ取材をはじめようとすると、先方の医療ベンチャーが尻込みして実りませんでした。「申し訳ない、ごめんなあ」とお詫びの電話をいただいたのが、最後のやりとりになりました。